コインにロマンを求めて              

       1978年1月 機関誌「道友」掲載(原文のまま)  白崎重夫

 福田首相が新年早々の記者会見で「私はデノミ論者だ。早く経済を安定させ、デノミを断行したいと考えている」と述べ、国際収支、物価については条件が整って来ているが、景気回復の面で条件が整っていない。景気が回復した段階でデノミを宣言したいという意向を示唆した。

 私がこの新聞記事を読んで、まず脳裏をかすめたのは、ほとんどの国が基本となる通貨単位(アメリカのドル、イギリスのポンド、スイスのフランなど)の下に実際に流通する百分の一の補助通貨、例えばアメリカのセント、イギリスのペニー、スイスのサンチームなどを従えているのに日本の「銭(セン)」は今や死物化して基本通過単位の一円コインが最小額面コインの非劇を背負わされているということと。デノミが実施されれば日本もやっと戦後のインフレが整理されて、コインも諸外国の仲間入りができ肩身の狭い思いをしないですむということである。勿論このことだけで私がデノミ論者というわけではないが、外国コインコレクターにとっては非常に興味のあるところである。

ところで私が外国コインを収集するようになったそもそもの発端は、五年ほど前ヨーロッパ視察旅行に行ったお取引先からわけて頂いたスイス五フランに描かれているウイリアム・テルに魅かれ、日本のコインとはまったく趣を異にする外国のコインを集め、コインを通してその国のもつ歴史、風物あるいは人物を探求しょうという気持が彷彿として湧き起ったからである。

 コインコレタターと言っても、まだまだ初心者の域を出ていないが、今ではなんとか三十近い国の現行通貨をほぼ網羅し仕事や読書で疲れた時、なにかの事で気分が滅入った時など、引っ張り出してきてながめるのである。コインをながめていると不思議に疲れがとれ、ロマンチックな気分に浸れるから妙である。私のコレクションの中には気に入ったものがたくさんあるが、一人でも多くの方に外国コインの面白さを理解してもらうため、そのうちのいくつかを紹介してみたい。  

 中南米のウイドワード諸島にあるバルバドスの十ドルコインは、英国の著名なメダル彫刻家フイリップ・ネイザンがデザインし彫刻した伝説的な海神ネプチューンのポートレートで、数あるコインの中でも特異中の特異と言って良いのではなかろうか。大西洋に君臨する海神ネプチューンが、左手に三叉ヤリをかざし、右手で「シャチ」を従え、全海を睨んでいる図はまさに雄大なロマンを語りかけてくる。  

 フロリダ海岸沖の諸島バハマ連邦の二ドル銀貨は、美しい二匹のフラミンゴが向き合い、その間から日の出が輝いているデザインである。フラミンゴがこの国の国鳥であり、国家の標語が「前進、向上、進歩、協力」であるところから、このコインは国民に非常に大事にされているということである。この国では二ドルと同じデザインの五十ドル金貨も発行しているが、今の私の財力ではなかなか入手することが困難で誠に残念である。

 中南米が出たついでに、もう一つコインコレターの間で極めて関心が高い国、パナマのコインを紹介しよう。パナマのコインには、現在世界で流通している最も大きなコイン(二十バルボア、直径六・一p)と、最も小さなコイン(二・五センテシモ、直径一pでパナマピルとも言われている)があるが、私の好きなのは一九七〇年に第十一回中央アメリカおよびカリブ海競技大会を記念して発行した五バルポア銀貨である。これは、メタル彫刻界の重鎮とも言われているアメリカのギルロイ・ロバーツが見事に彫り上げた円盤投げ競技の男性像であるが、筋肉隆々たる若者が円盤をかかえ、今まさに回転しようとしている躍動的な彫刻で、コインを見ているというよりも一つの彫像を見る思いである。彫刻家ギルロイ・ロバーツはこのコインの他に、アメリカのケネデイコイン(ハーフダラー)、英領ヴァージン諸島の六種類の鳥を描いたコインを彫刻しており、とくに鳥類の絵や彫刻にかけては世界的な権威である。

 つぎに少々えげつない(本当は神聖な)コインを紹介しょう。オーストラリアの東にあるクック諸島政府が発行した一ドルコインは、創造と海と航海の神として崇められた古代ポリネシアの神「トンガロア」の像が描かれている。この「トンガロア」は木彫りのユーモラスな像で、男性のシンボルがニョキリととび出しているので、若い女性には恥ずかしくて見せられないコインである。クック諸島は、英連邦の一国であることから、表の面にはアーノルドメイチンの手によるエリザベス二世の美しい肖像が描かれており、このコインが初めて発行された時、英本国ではエリザベス女王の肖像に村し、甚だ不敬であると非難の声も出たが、「トンガロア」が崇拝されるべき神であるため、今もって使われているものである。

 最後に、日本人がデザインした外国のコインを紹介しよう。一九七六年カナダのモントリオールで開催された第二十一回オリンピックを記念して、カナタでは四種ずつ七次にわたって計二十八種の銀貨を発行したが、第六次に発行した四種の銀貨が日本のデザイナー福田繁雄氏の手によるものである。これはデサインを国際公募し、福田氏の作品が受賞して採用となったものである。図柄はフェンシング、ボクシング、サッカー、ホッケーの各競技を図案化したなかなかユニークな五ドルと十ドルのコインで、日本人のデザインが初めて外国コインの図案になったことと、カナダコインで初めて外国人の図案が採用されたことで有名である。

 まだまだ紹介したいコインがたくさんあるが、あとは次の機会に譲ることにして、コインにまつわるロマンスを一つ紹介して筆をおきたい。(次の物語がどこの国のいつの時代のものかは読む人の想像におまかせしよう)  

ある若者がスイスへ旅行し、何枚かのコインを持ち帰った。このコインの中には、若者がほのかに想いを寄せている女性と生き写しの女性が描かれている一フラン銀貨が二枚入っており、彼はそれを大事な宝物でもあるかのようにポケットにしのばせて持ち帰ったものである。

彼が想いを寄せている女性は、彼と同じ町に住む美しく愛くるしい乙女で、何人かの若者達が彼と同じように想いを寄せていたため、彼は彼女の心が計り知れず、言葉は交わすが自分が想いを寄せているということをどうしても言うことができないで、一人悩んでいたのである。

 彼は、なんとか自分の想いを打ち明ける方法がないものかと考えた末、スイスから持ち帰った一フラン銀貨をペンダントにしつらえ彼女にプレゼントすることを思いついた。馴れない手つきで作り上げた二個のペンダントは、上等なものとは言えないまでも、真心のこもったものであり、彼の心を浮き立たせるのに十分なものであった。

彼は一つは自分の胸にさげ、もう一つを彼女にプレゼントしようとその機会を待った。

 それから二ヵ月ほどのち、やっと機会がおとずれ、彼は勇躍彼女に次のような言葉と一緒にコインペンダントをプレゼントしたのである。「このコインは持つ人に愛をもたらすと言い伝えられているものです。僕はこのコインを大事に持っていましたが、どうしてもあなたに差し上げずにはおられなくなりました。どうかお気に召したら首に通して下さいませんか。きっとあなたに幸せがおとずれることでありましよう」

 彼は一つの賭をしたのである。もし彼女が自分に好意を持っていてくれれば、彼がプレゼントしたコインペンダントを必ず胸に下げてくれるだろうと。つぎに彼が彼女に会った時、彼はおそるおそる彼女の首元をみつめたところ、彼の心は嬉しさにうち震えんばかりであった。彼女がやさしくほほえんだその顔の下に、彼のコインペンダントがさがっていたのである。

 彼は早速プロポーズし、それに応えて彼女はその美しい顔を下に向けてうなずいてみせたのである。

 彼がプレゼントしたコインには、ヘルベチアの独立を勝ち取った女性戦士が雄々しさの中にも美しく、そしてやさしくほほえんで立っている像が描かれていた。

(注:パナマの世界最大のコインと表現しておりますが、その後更に大きな銀貨が発行されております。本文に出ているコインを下欄に掲載しました。個々のコインの説明は省略してありますので、本文に記載されているコインがどれかを推定して下さい。国名等は本文執筆当時のものです。)